第二子と嘘つきドクターとクリスマス
今年は夫がケーキを買ってきてくれました。ありがたや。





実は私、第二子が7週にはいっているところで、つわりがひどいのです。
食べても食べなくても気持ち悪いし、あらゆる匂いが駄目にだってしまい、おまけにやたら眠い。
子どもが育っている証だと思えばいいんですが、息子のおむつやミルクの匂いまで駄目になっているので思うように育児や家事ができずしんどいです。あと3週くらいは我慢ですかね。


思えば、結婚する数年前にとあるドクターから「妊娠しにくい体質かも」と診断され、某手術を受けるときに一緒にその応急処置もしてもらいました。
けれどその処置も2〜3年で効果はなくなるよと言う話でした。
あれから3年以上がたち、子どもができにくいということで悩んだ時期が長かったです。
けれど、思いの外すんなり妊娠できた第二子。
「先生の嘘つき〜!」って笑って冗談にできてよかったなぁと思います。
いや、本当にいい先生でしたし、某手術のほうは経過順調でございます。


皆様はどんなクリスマスをお過ごしでしょうか。
心安らかなクリスマスになりますように。

メリークリスマス!

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201512252317
『八朔の雪 みをつくし料理帖』高田郁著
高田郁さんの『高』はいわゆる「ハシゴのタカ」の字なんですが、文字化けの可能性があるのでこちらの漢字で失礼します。


さて、ドラマ化もしていましたが、みをつくし料理帖シリーズは江戸に生きる天才料理人の女性の物語。


なんとも苦労続きの天涯孤独の身なんですよね。立て続けに襲う試練、妬み、女性ということへの差別、運命のいたずら。
でも、料理にかけては譲らぬところがあり、芯の強い澪という主人公が己の道を切り開きます。


なんともいいのは、周りの人々のあたたかさ。
辛いことがある分、彼女の周りには叱ってくれる人も、いたわってくれる人も、見守ってくれる人もいる。なんとも心温まります。


若い時分には「私は、俺は、こうするんだ」「こうしたいんだ」って我を押し通すことも必要ですが、身の丈を知ることや、周囲から求められているものを知ることの大切さを説いてくれます。
商売ってね、食べ物や飲み物の店は特にそうなんだと思います。「これが俺のやり方だ」で押し通すには、相当の覚悟と腕前が必要でしょうし、そればかりでは人は離れていくものです。お客という相手が何を感じ、何を欲するかまで想像力を働かせなければなりません。食べ物を扱っていても、結局は人相手ですから、力任せに押すだけでは駄目なんだと、澪が身をもって教えてくれるんです。
私は、自分で恥をかいて、自分でちゃんと傷つかないと、いつまでたってもおなじところをぐるぐる回ることになるんだと思っています。


下がり眉にのほほんとした顔なのに、料理になると真剣そのもの、そして背負っているものも波瀾万丈。
辛いことに慣れているけれど、優しさに慣れていないから、ふと人のあたたかさに触れると泣いてしまう。強くて弱い澪を、物語がすすむごとに応援したくなります。


そして出てくる料理がどれも美味しそうなんですよね。
巻末にはレシピもついていますよ。



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201512141840
『ネズミに捧ぐ詩』忌野清志郎著
1970年にRCサクセションとしてデビューした忌野清志郎の未発表・書き下ろし作品。
彼が存命中にノートに書き記していたものを、命日に発表したそうです。
もし、彼が生きていたら出版されていたかなぁ?


彼には両親が4人いる生い立ちなわけですが、父母の死、実母への慕情がせきららに書かれています。
私小説とありますが、詩であったり、日付のない日記だったりします。


寂しさ、追憶、傷の痛み、そういうものを抱えて生きようともがく姿が見えた気がしました。しれっとしているようですけれど、そうでもない。でも、それでいいんだって言われているようです。


難しい言葉なんてないし、とてもストレートな表現ばかりです。だからこそ、心に秘めていたものがこれでもかといわんばかりに押し寄せてきて、涙がにじみました。
彼にとって、母親の存在というのは大きかったんですね。
それに言葉そのものはシンプルでもハッとさせられたり、胸をえぐられるようなところがいくつもありました。


作中に『渋谷陽一』という名前がしれっと出てきて注釈も何もないんですが、彼は音楽評論家であり、雑誌『ロッキング・オン』の創刊者であり、DJでもある方です。この方のロック音楽の番組にはたくさんの音楽を教えてもらいました。
この方の名前になんの説明もいらないところが、忌野清志郎さんの本らしいのかなとも思いましたね。




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201512122028
『陰陽師』夢枕獏著
私が学生時代からずっと愛読しているシリーズです。
最初は岡野玲子さんによるコミックを先に読み、原作であるこちらを後から読みました。


岡野さんの『陰陽師』は動かぬはずの絵からゆったりとした仕草が、コマの空白から妙なる音楽が聞こえてくるような独特のテンポをもった作品という印象でした。


そして夢枕獏さんのほうは、岡野さんとはまた違う独特の時間の流れを感じる作品です。


一話完結ですが、毎度晴明と博雅は縁側で酒を酌み交わし、庭先の植物や空、月、雲、虫の音など自然を愛でている場面から始まります。
そのお決まりともいえる冒頭が何度読んでも飽きないのです。博雅も読者も巡る季節を楽しめてしまうのがすごいところ。冒頭の四季の描写は毎度美しいです。
春の桜も、夏の虫も、秋の紅葉も、冬の雪も、毎年見てはその都度美しいと思うように、本をめくれば二人がいる。そこがいいのです。


この二人の酒の楽しみ方、私にとって理想の飲み方なんですね。
酒をゆったり酌み交わし、そして沈黙さえも心地よく時や自然を愛でる。
間違っても一気飲みなんぞするもんじゃないんですよね。


夢枕獏さんの文章というのは、一文一文が短いと思います。そして、とても改行が多いし、体言止めも多い。そのページの中で台詞が一番長かったりする。
けれど、それがまるで絵巻物を見ているように独特の時間軸を生み出している気がします。
悠然と流れる時間にあっという間に読者を誘ってしまうのです。


そして毎度起こる事件はまるで線香花火のように短くパパッと緊張を走らせて静かに終わります。
そのメリハリがすごくいいんですね。


忙しない日々を送っているとき、久しく雲を見つめていないと気づいたとき、「もう今月終わっちゃうの?」と月日の流れに焦るとき、じっくり読みたい作品です。



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201512102126
『金子みすゞ童謡全集全6巻』金子みすゞ著
金子みすゞの3冊の遺稿手帳をまとめたものです。
近年はメディアなどにも取り上げられるようになりましたが、人々に名を知られるのは遅かったようです。


ロック・ミュージシャンで27歳で亡くなった偉人たちのことを『27クラブ』と呼ぶことがありますが、金子みすゞはそれよりも若い26歳で夭逝しています。
子どもの親権を夫に渡さないための抗議の服毒自殺だったそうです。


金子みすゞの作品は道ばたの名も知らぬ花も草も、虫も、空や海といった自然も主役になります。けれど、そうかと思えば遠い国の王女様や天使が登場したりもする。
とても自由なんですね。和室が黄金の宮殿になることもできるし、海の底に潜って揺られていることもできるわけです。


どうも私の中では金子みすゞという人は天真爛漫に笑う印象がありません。
どこか陰を帯びて、物憂いのです。
それは童謡の中に見え隠れする、貧困、幼稚さ、諦め、性別による窮屈さ、そして寂しさを感じ取るからかもしれません。


読んでいると、黒髪の少女が小さな和室で自分の世界を広げている姿を思い浮かべます。
そして、その背後に優しい眼差しの母親を感じ取るのです。


金子みすゞにも娘がいました。
そして、彼女は心の豊かな子に育てたいと、自分をそう育ててくれた母に娘を託しました。
童謡の少女は金子みすゞ本人なのか、それとも娘の投影なのか。
少女を見守る母親は娘を見つめる金子みすゞ本人なのか、それとも母なのか。


可愛らしいだけじゃないんですよね。子ども独特の残酷さもあるし、ハッとするような視点がある。
私は『こえ』という作品の最後が好きなのですが、この人が書く寂しさは切り口が鋭利なのです。そして、なんとも色彩豊かで余韻が深い。


まるで十の少女が話すような柔らかい言葉だからこそ、美しく、ときに脆く、恐ろしいときがあります。
あっと驚くオチがあるわけでもないし、難しいことも言っていない。けれど、リズミカルに響き、そして心にじんと染みいるものが文字と文字の隙間にまで滲んでいるのです。


空想に遊ぶことの素敵さ、空想に逃げる侘びしさ、空想で紡ぐ愛情のあたたかさがある作品ばかりでした。




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201512082237
『かもねぎ神主禊ぎ帳』井川香四郎著
伊勢神宮から江戸の神社にやってきた神主と、曲者揃いの氏子たちが活躍する人情時代小説です。
なにやら主人公の神主や氏子たちには共通する秘密があるようなのですが、そこは未読の方のために多くは語りません。


時代小説だけに漢字の割合が多くても、すんなりと読めてしまいます。
台詞もリズミカルで親しみやすいです。
同心や御用聞きが正義の味方って単色ではなく、欲があったり狡猾だったり嫌味だったりもする塩梅が面白い。


しかし、この小説、主人公の神主よりも氏子さんたちの活躍のほうが印象的なんです。
神主さんはまるでそれを計算に入れたかのように飄々として特徴がないんですよね。案内役みたいな位置づけなのかなとも思います。


4つの事件が綴られているのですが、少しずつ氏子さんたちの秘密も明かされます。
ただ、私としてはもう少し氏子さんたちの素性を知りたかったし、事件の謎がとけるたびに、彼らの正体やここに集うようになった背景も詳しく知りたかったなぁと思います。


読者の想像にお任せするってことなのかもしれないけれど、魅力的な登場人物ばかりだっただけに尚更もっと詳しく! と残念です。




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201512071428
『週末、山の家に行く』土器典美著
土器典美さんはアンティークバイヤーとして活躍された方です。
96年に刊行されたこの本、そして97年刊行の『ラクダに乗ったラクダのかご』という2冊を宝物のように本棚の隅に長らく置いていました。


当時、私はまだ学生で、これから自分で稼ぎ、自分で好きなように暮らしていけることに憧れる若者でした。
思えば、誰かの生き方や暮らし方に憧れたのは、このときが初めてだったかもしれません。


土器さんは決して山に詳しいわけではないのですが、忙しい都会の生活から身を清めるように自分なりの感性とやり方で山に暮らす彼女がとても輝いて見えました。


スローで手作りの生活や料理というのは、とても素敵なものです。
有機野菜にしろ、ガーデニングにしろ、DIYにしろ、自分の手でこつこつと作り上げていく喜びがあります。
たとえばお出汁をとって、豆を水に浸すところから料理を始めてみたり、ぬか漬けをつけてみたり、骨董市で買った端切れでキルトを楽しんでみたり、薪ストーブをつけてみたり。石鹸やワックスを手作りするのも素敵ですよね。


すごく憧れますけれど、怠け者の私からすればとっても大変。どれにも『好き』という気持ちをもって自然に自分に溶け込むものでなければ重労働に思えることですよね。
だって、世の中もっとイージーに暮らせるようになっているんもの。
それを無理せず、ゆっくり進む。それを土器さんはとても自然にこなしているのです。


本当は山の家でなくても、都会の片隅でもどこでもできる暮らし方というか、生きていく上の姿勢なんでしょう。
ふと歩みをとめてみたり、視点を変えてみるだけでもいいかもしれない。
毎日を快適に暮らすということがどういうことか、ここに詰まっています。


今では中古品でしか世に出回っていないと思う本なんですけれど、見かけたら是非お楽しみいただければと思います。


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201512011533
| 猫草物語 |
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